『地図帳の深読み』(帝国書院)/今尾恵介さんに聞く

2019年9月23日

想像をかき立てる地図の世界
地図を読むことが平和への一歩に

 

誰しもが学校の授業で必ず一度は触れている地図帳。帝国書院が8月末に刊行した『地図帳の深読み』は、地図帳を読み込むことの奥深さや魅力をまとめた一般向けの書籍だ。著者の今尾恵介さんは、これまで地図や鉄道に関する書籍など数多くの著作を持つ。中学生時代に国土地理院の地形図に出会い、地図の世界に魅了されたという今尾さん。話は地図帳の楽しみ方にとどまらず、地図を読むことで養われる「世界を見すえる力」「情報を精査する力」にまで及んだ。

 

・地図帳を「読む」


地図は一般的に道順や現在地などを把握する手段として活用されるが、その場合、地図は あくまで「見る」ものとして機能する。しかし本書はタイトルが示す通り、地図を「読む」対象としてとらえている。

 地図帳が読者の想像力をかき立てる要素に溢れ、とても奥深い「読み物」であるということは意外と知られていません。今回、地形や地名だけではなく、学校用の地図帳の楽しみ方、読み込み方を多くの読者に知ってもらおうと、帝国書院さんから企画のご提案をいただきました。『地図帳の深読み』と適切なタイトルをつけてくださったことに加え、社長さんから営業部の方まで、多くの社員の方がゲラに目を通していただいたようで、とてもいい本になったと思っています。
 

「地図で暇つぶしができる人は最高に幸せ」と 今尾さんは語る。では初心者は地図をどう読み、どう楽しめばいいのか。

 特産品や名産から入ると、より地図帳が身近に感じるのではないでしょうか。例えば滋賀県の彦根市に電気カミソリのアイコンが載っています。なぜだろうと思って調べてみると、パナソニックの電気カミソリ工場が彦根市にあると知り、さらに深読みして調べていくと、その製品の技術力やこだわりなどが見えてきて、とても興味深い。これはあくまで一例に過ぎず、他にも地図帳には知的好奇心を刺激する情報が溢れています。ちなみに北海道の北見市にはスマホのアイコンが載っていますが、それはぜひご自身で調べてみてください(笑)。

 また歴史書や小説でもそうですが、本の中にはあまり地図が載っていないですよね。地理と無縁の歴史は存在しませんから、傍らに地図帳があるとより楽しめると思います。作家の先生は地図が頭の中に入っていますが、読者は必ずしもそうではありませんから。
 地図帳は時代によって変遷するものです。戦前の地図は植民地経営の視点から、中国の主要部や南洋諸島の地図が異様に詳しい。私が中学生のころの1970年代の地図帳は、有明海の大規模な干拓事業計画を反映しています。また田中角栄の日本列島改造論もそうですが、当時は政府が「国土の均衡ある発展」を掲げ、全国各地で「新産業都市」など経済成長最優先の政策が続いていました。地図帳で時代を追い、その時代に思いを馳せるのも、ひとつの楽しみ方です。最近は、自然保護や宗教に関する主題図も多いですね。

 

・記号化されるヒロシマ


一方、地図はグーグルマップやカーナビなど、目的地へ向かうための実用的なツールでもある。では本としての地図帳の魅力、奥深さとは。取材日の8月6日は、広島の原爆の日。話は本質的な地図論へと進む。

 何より一覧で見られるということが魅力かと思います。スマホなど小さな画面で見ていると、どうしても抽象化せざるえない。抽象化が進むと現実感が薄くなります。例えば縮尺1500分の1の住宅地図がありますが、それが2万5000分の1になると1㎞が4㎝、さらに100万分の1になると東京は単なる赤い○として記号化されてしまいます。そこには現実感がありません。今日は広島の原爆の日ですが、中国地方全体の地図となると、広島も○で表記されます。これが2万5000分の1だと市街中心の地図となり、通りまでかなり詳細に表記されます。かつて爆撃前の航空写真を見たことがありますが、瓦屋根がずらっと並んでいて、爆撃後の写真を見ると全て更地になっている。「小さい縮尺」だとその更地は、斜線で片付けられてしまいますが、そこにはおじいちゃんがいて、おばあちゃんがいて、お父さん、お母さん、子どもがいて、それぞれの生活があったはずなんです。

 

本書のあとがきで「地図帳に親しむことが平和へ の王道」と、今尾さんは語る。その真意とは。

 現在、日韓関係はあまりよくないですが、それも記号化が進んだがゆえの功罪です。韓国という国、人が記号化されたがゆえに、他者を想像することができない。記号化されると人は残虐になります。先ほどの原爆の話もそうですが、原爆を投下した操縦士も「小さい縮尺」ゆえに、残虐になりえたのだと思います。戦争や人種差別は記号化から始まると言っても過言ではありません。ただどれだけ「大きい縮尺」であれ、地図はあくまで記号化された集合体です。だからこそ地図の向こう側にある現実、実際の生活を想像することが大事で、さらに言えば、実際に地図を片手にその土地を歩くと、どんな人が住んで、どんな生活を送っているのかがわかってきます。それが何よりも大切なことだと思います。

・情報精査の武器となる地図


「大きい縮尺」の地図を読み込むことで、他者へ の想像力を養う。しかしそれは地図に限らず、活字メディアやテキスト情報でも可能ではないだろうか。


 地図は原則、一定のルールに従って制作される、客観度の高い情報です。一方、報道や歴史書などのテキストは、いくらノンフィクションや史実と謳っていたとしても、誰かの手によって書かれたという時点で、それは主観が入っています。報道機関による「ある事件・事象を取り上げないという選択」もまた主観です。ニュースやテキストは客観的であること自体が難しいメディアです。その点で地図は相対的に客観的な情報であるため、読む側の主体性、能動性が求められます。その人が歩んできた人生、現在の立場などによって、情報のとらえ方は千差万別で、読み手のイデオロギーを問わず、誰にでも門戸を開いたメディアだと言えます。
 インターネットの普及により、ユーザーにとって「最適化」した情報が提供されるようになり、かえって偏った情報しか触れられなくなりました。スマホで煽り記事を読んで、信じ込んでしまう。それはとても危険なことだと思います。世の中に流布している情報が正しいのかどうか、地図帳はそれを確かめる上で、大きな武器になるはずです。


文献や資料探しのため、古本屋や新刊書店に 足繁く通うという。今尾さんにとって、本屋の魅力とは。

 ネットニュースやネット書店はユーザーの嗜好に合致した情報を配信しますが、本屋さんは違います。自分とは全然関係ない本が気になる、意図せぬ出会いがある、それが本屋さんの魅力です。偏った情報だけを摂取していると思考だけでなく、人間関係も限定的になります。今は彼氏・彼女を探すのにもマッチングサイトを活用するようですが、溢れる情報や選択肢の中から取捨選択するのではなく、偶然の出会いが意外と大切で、本との出会いも同じことが言えるのではないでしょうか。

(聞き手 山口高範)


 

A5版/176ページ
本体1800円

今尾 恵介(いまお けいすけ)




1959年横浜市生まれ。地図研究家。明治大学文学部ドイツ文学専攻中退。中学生の頃より帝国書院の地図帳を愛読。授業で国土地理院発行の地形図に出会い、地形図マニアに。現在、日本地図センター客員研究員、地図情報センター評議員を務める。第2回斎藤茂太賞を受賞した『地図マニア 空想の旅』(集英社インターナショナル)など多数の著作がある。