『みらいめがね』『みらいめがね2』(暮しの手帖社)/荻上チキさんに聞く

荻上チキ×ヨシタケシンスケのコラボ
「日常」から生まれる至極のエッセイ第二弾!

 

 

  評論家の荻上チキさんによるエッセイと、ヨシタケシンスケさんの7コマイラストによる、『暮しの手帖』人気連載の書籍化第二弾『みらいめがね2』が9月中旬に発売された。荻上さんはテレビやラジオで活躍し、社会的なテーマを切り取る評論家としての活動や著作が多い。一方で「エッセイはそれとは全く異なり、怖くもある」と話す荻上さんに、本作への想いを聞いた。(聞き手 山口高範)

 

「知る」よりも「楽しい」を

 

荻上さん自身、うつ病を患ったことで、この連載の方向性が決まったと語る。

 

 私は評論家を生業としているので、『暮しの手帖』の読者、つまり私の父母世代に対し、ニュースや価値観などについて、下の世代がどう感じ、考えているのかということを伝えることが、連載開始時のコンセプトでした。ただ2回目を書き終えたところで、「うつ」を患い、それ以外のことを書こうとしても書けない。ですから「人生病、リハビリ中」というタイトルで、「うつ」について書いたところ、それまでで一番反響をいただきました。
 以降、当初の連載趣旨と少し変わって、「日常の生活の中から考えよう」「その風景を共有しよう」という方針に切り替え、まずは読者の方が読んで「楽しい」ものにし、そのうえで、他者の視点や新しい価値観、知らない知識や教養を「知る」ことができる。そういうエッセイにしようと。
 また同じ「距離感」の話題は、続けて書かないようにもしています。例えば政治的なテーマが続いてしまうと、読者の方も重いと感じて飽きてしまう。だから次は健康の話にするとか、趣味の話にするなど、工夫はしていますね。

 

茶の間話を「スクラップ」する

 

エッセイにおいてはマクロの視点ではなく、「生活者の視点」が大切だと荻上さんは言う。

 

 エッセイにおいては、暮らしの中で出てきた価値観を提示するようにしています。アメリカ大統領選の背景や説明、現地難民のルポルタージュなど、「外」を描くのではなく、日常の風景、つまり「玄関の内側」「目線の内側」を描くことがエッセイです。評論が大きな話題をコンパクトにまとめる、「圧縮」の作業であるのに対し、エッセイはささいな事柄から違う事柄を連想し、膨らませていく作業です。
 今までの私の仕事とは真逆の作業なので、原稿を書くにも時間がかかります。評論の連載などで1200字くらいであれば、30分で要点をまとめて書くことはできますが、エッセイの場合、2日はかかります。日常であったこと、感じたことをアイフォンでメモして、それを膨らませて5000字にすることは、かなり大変な作業ではありますが、日常を「スタンプ」する、茶の間話を「スクラップ」している感覚で、今は書いていますね。
 すでに連載を始めて5年目になりますが、エッセイの書き方については、今も模索中で。私はどうしても文章が評論に寄ってしまう傾向があって、つい「他方で」とか使ってしまう(笑)。ですから言葉は選んで使っています。
 またエッセイや小説、文学は、「文体」を楽しむジャンルでもあると思っていて、このエッセイでも「読み心地」を重視しています。例えば、書き手によってはドライブ感のある明快な文章で読ませる人もいれば、内面を丁寧、かつ叙情的に描く書き手もいる。ミニマムな話題やわずかな時間の流れを、数百ページにも渡って繰り広げることができるのがエッセイや小説であって、連載執筆にあたっては、読者にとって「読み心地」のよい「文体」を心掛けるようにしています。

 

エッセイは怖い

 

荻上さんが専門としている「評論」と「エッセイ」との大きな違いは何なのか。

 

 評論の場合は、思想や考え方などを提示して、オピニオンをぶつけ合い、対立する相手を否定することを是とする「説得」の行為ですが、エッセイはそれとは違い、「傾聴」してもらう行為で。
 特にこのエッセイは生身の私に近く、丸裸です。ですからこのエッセイが否定されることは、私自身が否定されることに等しい。エッセイは、読者が文章と書き手を同一視して読みますから、道徳的に採点する態度で接するところもある。だから、エッセイは怖いです。仮に私の価値観に共感できなかったとしても、文章の面白みに惹かれて読むことで、「こんな人もいるんだな」と思ってもらえたらいいですね。

 

ステレオタイプで人を傷つけない

 

前作に続き、今回もイラスト、あとがきをヨシタケシンスケさんが務める。荻上さんから見たヨシタケ作品の魅力とは。

 

 ヨシタケさんの作品はほぼ読んでいますが、周囲の風景はシンプルで、どこかジオラマやプラモデルのような「小物」感があって、余白が多いんです。それゆえ想像力を刺激される。その一方で人物の表情は豊かで、愛らしく、その「性格」「生活」を垣間見せてくれる。これまで「性格」「生活」について、ほとんど書いてこなかった私と、ヨシタケワールドの組み合わせの妙。またその逆で、ヨシタケさんがこれまで描いてこなかった、私の得意分野である「差別」や「社会」、それぞれの異なる得意分野が掛け合わさることで、この作品の振れ幅もより広がったかなと。それがコラボレーションの良さだと思います。
 このエッセイでは、原稿をヨシタケさんにお渡しして、7コマで、起承転結をつけて描いてもらっています。2コマ目までがイントロダクションで、そのあとフリがあって、オチを付けてもらう。そのオチも誰かをステレオタイプに傷つけるものではなく、ちょっとおかしくて、ヨシタケさんの1冊の絵本をコンパクトにまとめたような作風です。
 お気に入りは、「祖母の思い出」。おばあちゃんって、ゴハンも作ってくれて、過剰な干渉もしてこず、「怒り」という感情をぶつけてこず、いつもニコニコしている。ある種「機能」みたいなところがあって。でもおばあちゃんも「嫌い」という感情を持つ「人間」なんだ、と思わせてくれて、「これはいいな」と思いましたね。

 

 

▲各エッセイに挿入されるヨシタケさんの7コマイラスト

 

テレビやラジオで活躍する荻上さん。本というメディアについてどう思うのか。

 

 テレビ番組でニュースについて語るとなると、表情で感情を伝えることはできますが、せいぜい1分か2分です。とはいえ不特定多数の人にポイントを伝えることはできる。
 一方、本はその本を見つけてくれて、買ってくれた人にしか届けられないけど、充実した内容でじっくり読者と共有することができる。ですからどっちがいいとか悪いとかではなく、役割が違いますよね。
 今回、文字数をしっかり使った「本」という形でお届けし、それを評論家が書いている。だからその先にちょっとだけ社会を、違う世界を垣間見せたりする。読 者のそこの部分を刺激できたらいいなと思います。

 

他者のリアリティ

 

本書の帯には「みらいめがねは世界の見方を広げるツールです」と記されている。「みらいめがね」を手に入れるには。

 

 普段、自分が触れていないメディアに触れることは大事です。映画、演劇、雑誌、新聞、何でもいいです。自分を彩るためのメディアではなく、他者が何に触れ、どう人生を彩っているのか、そういったものに触れること。それをうがった見方をするのではなくて、そのメディアに触れている人達のリアリティを知る。それは、とても楽しい行為でもあります。
 雑誌をはじめ、多くのメディアはそれまで取り上げていないものを取り上げようとするメカニズムがあります。それゆえそれが「未来になるかもしれない」という片鱗のようなものがウヨウヨしています。だから少し、自分の間口を広げて、違うメディアに触れるということはいいことなのかもしれません。

 


『みらいめがね それでは息がつまるので』

四六判/194㌻/定価1650円

 

『みらいめがね2 苦手科目は「人生」です』

四六判/192㌻/定価1650円

 

荻上 チキ(おぎうえ ちき)

1981年兵庫県生まれ。評論家。メディア論を中心に、政治経済、社会問題、文化現象まで幅広く論じる。NPO法人「ストップいじめ!ナビ」代表理事。一般社団法人「社会調査支援機構チキラボ」所長。ラジオ番組「荻上チキ・Session」(TBSラジオ)メインパーソナリティ。「荻上チキ・Session-22」で、2015年度ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞、2016年度ギャラクシー賞大賞を受賞。著書に『災害支援手帖』(木楽舎)、『いじめを生む教室 子どもを守るために知っておきたいデータと知識』(PHP新書)など。