【著者インタビュー】「トップナイフ」(河出書房新社)名脚本家が手掛けた初小説/林宏司さんに聞く

2019年12月3日

「コード・ブルー」「医龍」脚本家の初小説

脳外科医らが繰り広げる人間ドラマ



「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」や「医龍 Team Medical Dragon」、「ハゲタカ」など、人気ドラマの脚本を手掛けてきた脚本家・林宏司さんの初小説『トップナイフ』が、河出書房新社から12月26日に刊行される。本作は「脳外科医療」を舞台に、医師の中でもエリートの中のエリートと言われる脳外科医とその家族、患者らが繰り広げる人間ドラマだ。早くも来年1月からのTVドラマ化が決まっており、その脚本も自身で手掛ける林さんに、初めての小説執筆を決意させた、神秘的な脳の世界と、医師たちの現実、そして、脚本とは違う小説の面白さを聞いた。 (聞き手 山口高範)

脚本は短距離走、小説は長距離走


最初のプロットが出来たのが2013年。しかし小説という表現に落とし込むまでに、長い年月と労力を要したという。名脚本家を悩ませた脚本と小説の違いとは。

 脚本とはあくまで台本で、それだけでは完結しないものです。脚本をもとに役者さんが演じ、演出はじめ多くのスタッフとの共同作業でTVドラマを作り上げます。一方、小説は全くの個人作業。脚本であれば台詞だけ書けばいいところを、小説では舞台の設定や情景、役者の容姿や雰囲気まで、ドラマでは他に任せている部分も全て文字で表現しなければいけない。大変な反面、面白い部分でもありました。
 長編小説を書いてみて感じたのは、脚本は閃き重視で、映画を見ていても、パッとアイデアが浮かんだら、1話分を一気に書けてしまうこともあります。
 小説の場合は机に向かって、いろいろと悩みながら、一字一句埋めていかないといけない。脚本を書いているような爽快さはなく、脚本が短距離走なら、小説は長距離を1歩ずつ進んでいくような感覚でした。
 またTVドラマなど多くの人が関わる作品では、脚本家が思い描いたように、理想通りになることはないですが、小説の場合、著者が脚本家であり、演出家であり、プロデューサーです。だからこそ、小説を読んで感動したと言われれば、その称賛が全て自分に返ってくるので、脚本やドラマとはまた違う喜びがありますね。


とはいえ小説と脚本、ともに視聴者や読者を飽きさせずに見せる、という点では共通している。会話のテンポや場面展開の早さなど、物語に引き込ませる構成は、名脚本家としての才が為せる業(わざ)だと言える。

 テレビドラマの場合、つまらないとすぐにチャンネルを変えられてしまい、そういう意味では、とてもシビアです。そのため、小説を書くにあたっても、飽きさせないための場面展開の早さなどは、普段書いている脚本に近いものがありましたね。まあそういう書き方しかできない、ということでもありますが(笑)。
 また脚本は「当て書き」といって、役者が決まったあとから、台詞を書き起こすことが多いので、今回、小説を書くにあたっても、各登場人物を実際の役者さんをイメージしながら、書き進めた部分もありました。

 小説というと、どうしても「文豪」が書くというイメージがあって、自分自身でも身構えてしまっている部分も正直ありました。こんな作品を「小説」と言っていいのかと。ただ純文学を書くわけでもないので、そこはもうテレビドラマのノベライズのつもりで書こうと気持ちを切り替えたときから、かなり筆が進むようになりました。




▲数々の話題作を生み出した取材ノートと書斎


脳は矛盾を抱える臓器


作中で脳外科医を「神をも恐れぬ職業」と表現 する林さん。なぜ処女作となる本作で、脳外科医を題材としたのか。

 医療ものは、直接命を預かる、命のやり取りをする、という点で非常にドラマに向いています。ただ今回に関しては、「脳の不思議さ」に惹かれるところがあり、それを形にしてみたいと思ったのが始まりです。そこで、一番脳の面白さをわかりやすく見せられるのは医療の現場だろう、と思い脳外科を舞台にしました。  また、医療ドラマだと、やはり心臓外科のように命を救うという話になりますが、脳の場合はもっと複雑で。 治療し、延命したところで、それが果たしていいのだろうかといった問題や、脳自体の複雑さ、不可解さもあって、これは映像ではなく、文字にしないと伝わりにくい部分があるだろうと思い、小説で表現することを選びました。
 脳というものは、非常に矛盾した臓器であり仕組みです。整合性を求める一方で、非合理的な側面もある。自由に物事を解釈する機能もあれば、ひとつの考え方に囚われてしまうような限定的な部分もある。世紀の発明をする脳もあれば、凶悪な犯罪をしても平気でいられる脳もある。
 それを「脳の可塑性」と言って、外界の刺激に応じて、脳は良いようにも悪いようにも形を変える。それが人生のあらゆることに当てはまるんじゃないかと思い、脳外科医自身の人生と上手くリンクさせて、物語にしたいと思いました。

医師が垣間見せる人間らしさ


医療をテーマにした作品が多いため、救命医や脳外科医など、医師との親交も深い。その交友関係の中で、医師としての仕事振りのみならず、その人間性にも強く惹かれていったという。


 現場では先生と言われて、生死に関わる大変な仕事をしているのに、医療現場を離れると意外に不器用で、素の顔が出てきたりする。女性のお医者さんでも、とてもきれいなのに、自分の身なりを気にしていない先生もいたりして…というか忙しいので、それどころではないんですね、きっと。だからこそ、そういった医師の裏側にある、人間的な部分や普通の生活があるというところを描きたい、という思いは強かったですね。
 全部で4章立てですが、各章ごとに、それぞれが異なる悩みを抱えた医師たちの物語になっているので、いろんな読者が自分と重なるところを見つけて読んでもらえるかと思います。


▲来年1月に控えているTVドラマの台本


タイトルにも冠され、作中ではトップクラスの術技を持つ脳外科医に贈られる称号とされる「トップナイフ」は、現実にはない作中の設定だという。

 いくつかの医学の専門書などで見かけた際に、その語感の響きに魅かれて、これはタイトルに使いたいなあと思いましたね。ちなみに「コード・ブルー」も、日本ではあまり使われていない上に、ドラマの本編中では一度も使われていません。ただ、語感の良さと、「ブルー」という言葉が、若い登場人物たちのドラマに合っていると思って、そこはこだわりました。 

仕事の資料として、多くの医学書を読みこんでいる林さんだが、本屋を訪れて真っ先に見るのは文芸書の棚だそうだ。

 まずは文芸の新作コーナーに行ってみて、次にノンフィクション。町の本屋の、壁一面に数学の本から編み物の本まで、雑多に並んでいる棚を眺めて、自分が探していた本じゃないけど、面白い本と出合えるのは好きですね。読んでないものも多いけど、とりあえず買っちゃいます。


文庫判/328ページ
本体680円


林宏司(はやしこうじ)



脚本家。関西学院大学卒。出版社勤務を経て、2000年「涙をふいて」で脚本家デビュー。
「医龍 Team Medical Dragon」「GM 踊れドクター」「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」などの医療ものの人気シリーズのほか、「離婚弁護士」「BOSS」「ハゲタカ」「アイムホーム」「ヘッドハンター」など数々の大ヒットドラマを手がける。