
(右から)ホーム社の小高氏、有隣堂の渡邉氏、鈴木氏(撮影スタジオで)
ホーム社は2月24日、『老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界~「チャンネル登録」すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~』を発行した。発売は集英社。〝有隣堂らしくない〟番組内容が人気を博し、登録者数が21万人超の公式YouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」。その舞台裏を初めて描いた話題の書だ。発売前重版、そして発売即重版も決まり、勢いに乗っている。発行元のホーム社と著者の「有隣堂YouTubeチーム」に同書の見どころなどを聞いた。【増田朋】
有隣堂は1909年に横浜の伊勢佐木町で創業され、神奈川を中心に東京や千葉に約40店舗を展開している。そんな老舗書店が2020年6月に開設した企業公式YouTubeチャンネル「有隣堂しか知らない世界」。週1回更新、月2回ライブ配信されている同番組は、有隣堂社員や社外ゲストによる熱のこもった商品のプレゼンと、番組MCを務めるミミズクのキャラクター「R.B.ブッコロー」とのやりとりが業界内外で話題に。それに伴い、チャンネル登録者数も21万6000人(23年2月末現在)とうなぎのぼりだ。MCキャラにもファンが多く、ぬいぐるみやTシャツ、ボールペン、キーホルダー、LINEスタンプなど幅広いグッズを展開している。
有隣堂がなぜ「普通ではない」YouTubeチャンネルを始めたのか? どうやって登録者数が21万人を超す人気チャンネルになったのか?──。新刊『老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界』では、スタートの経緯や当初の失敗談、リニューアルを経て、その後約3年間の間に起こったことなど、紆余曲折あった裏側を「有隣堂YouTubeチーム」のスタッフ自らが語っている。
また、ビジネス書として書かれているので、「有隣堂しか知らない世界」のファンはもちろん、企業YouTubeや企業SNSを運営していたり、これから始めたい広報担当者、企画プランナー、オウンドメディアや企業PRに関心が高いビジネスパーソンらにも参考となる内容だ。
「YouTubeやるぞ!」という松信健太郎社長の一声から始まり、「口は出さないが責任は取る」という全面バックアップのもと、試行錯誤をくり返しながら結果を出すスタッフ。そして、番組づくりを担うプロデューサーのハヤシユタカ氏や、MCブッコローとの出会いなど…。10分弱という「人々を楽しませる」動画を一本作るのに、裏にはどれだけ多くの人の苦労、失敗や成功があるのか。これを読めば、番組の見方がひと味違ってくるかもしれない。

有隣堂伊勢佐木町本店でもグッズと一緒に大きく展開中だ
「有隣堂の挑戦を何らかのヒントに」
同書の編集担当を務めたホーム社・文芸図書編集部の小高真梨氏は「地元にあった有隣堂さんに昔から馴染みがあったが、そのYouTubeは全くイメージが違い、とても興味をひかれた」ときっかけを語る。ちょうどチャンネル登録者数が10万人を超えた21年10月頃から企画の立ち上げを検討し始め、同社営業企画部の「ぜひうちから出したい」という猛プッシュとともに、書籍化の話を進めてきた。
「最初はファンブック的な形も考えていた」という小高氏。しかし、「ゼロから立ち上げて10万人、20万人となっていく裏側に一体何があったのか。その本当のところを描ければ、企業で働くたくさんの人たちにも、きっと参考になるはず」と考え、ビジネス書として出すことを決めた。例えば、企業PR担当で何かをやらなければならない人にとって、老舗書店である有隣堂の新たなチャレンジの軌跡を読むことが、「心の支え」になるイメージだ。
同書の中で語り手を務めるのは、YouTubeチームのひとりで、生配信など動画にも出演している有隣堂の経営企画本部広報・マーケティング部担当課長の渡邉郁氏。書籍化の話を聞いた時は「大丈夫ですか?と思った」と笑顔で振り返るが、「当時も今もまだまだという実感だが、話をいただいたことは本当にありがたく、うれしかった」という。ファンに向けただけの本ではなく、運営サイドの話をメインにするという企画内容にも引かれたそうだ。
「ゼロから始めるのが一緒でも、同じ道のりをたどることは絶対にないので、私たちの話が参考になるか分からない。ただ、会社や私たちがどんな気持ちを持って、紆余曲折しながら取り組んできたかを伝えることが、誰かの、何かしらのヒントにつながるかもしれない」(渡邉氏)と考えるようにもなった。同じくチームのひとりとして番組を支える同部課長の鈴木宏昭氏も、「最終的に本という形にまとめてもらったのを見ると、自分たちの思考の整理にもつながった」と喜ぶ。
新刊の発売に合わせて、ツイッター上で社内キャンペーン「#ゆうせか本ディスプレイコンテスト」も実施している。各店それぞれが思い思いの飾り付けで、大きくコーナー展開している様子がアップされている。番組にも出演している「代官山 蔦屋書店」からも飛び入り参加があり、盛り上げに一役買っている。
渡邉氏は「各店舗にこの本が並び、リアルに売れていく様子を見ると、これまで遠巻きで見ていた有隣堂の店舗スタッフをはじめ、従業員たちもYouTubeチャンネルの存在、効果を実感してもらえるのでは」と、この本がもたらす社内的な相乗効果にも期待している。

『老舗書店「有隣堂」が作る企業YouTubeの世界』(四六判/232㌻、1650円・税込)と有隣堂限定購入特典のオリジナルしおり
有隣堂以外での大きな展開も
有隣堂のことを書いた本だからといって、他の書店で取り扱わないということは決してないようだ。ホーム社によると、有隣堂以外の書店からの事前注文も全国からたくさん寄せられたという。発売後、他社店舗で大きく展開している事例やイベント開催の引き合いなど、うれしい情報も随時入ってきている。「他社本を置いてくれる書店業界はとても温かい世界。あらためて活字文化への愛も感じた」(渡邉氏)。
同書の中では、これから番組が目指す方向なども示している。詳細はぜひ読んで確認してほしいが、そのうちの一つが番組のファンとのつながりをより強めること。発売直後に、記念イベントを3週連続で開催することを決めた。「スタジオ見学&特典つき交流会」では100組の枠がすぐに埋まるなど、リアルな場所で出演者と視聴者が交流する新たな機会も提供できた。
鈴木氏は「これからも登録者数(ファン)が増えていくのは一つの指標ではあるが、彼らとどうコミュニケーションを取れるかが次の課題。ファンとの絆をより強くして、実際の店舗に訪れてもらえるようなしかけも考えたい。以前から有隣堂を利用してもらっている人たちには、この本を通してより親しみを感じてもらいたい。まだやれることはたくさんある」と先を見すえている。