【著者インタビュー】『鐘を鳴らす子供たち』(小峰書店) /古内一絵さんに聞く

2020年1月6日

戦中、戦後を生き抜く子どもたちを描く
物語は弱い者に寄り添う「祈り」



 「鐘が鳴る丘」を知っているだろうか。戦後間もない昭和22年、演劇の素養のない素人の小学生を演者として起用し、当時の戦災孤児たちを描いた生放送のラジオドラマだ。今回、「マカン・マラン」シリーズなどで知られる古内一絵さんが、その「鐘の鳴る丘」を題材に、戦後当時の子どもたちを描いた作品『鐘を鳴らす子供たち』(小峰書店)を1月下旬に上梓する。それは戦中、戦後で価値観が大きく変わった時代に翻弄されながらも、それに抗い、それでも懸命に真摯に生きようとする子どもたちと、自らが起こした戦争を後悔し、苛まれる大人たちを描いた作品だ。なぜ古内さんはいま、この作品を世に送り出したのか、本作への思いを聞いた。
(聞き手 山口高範)

神風特攻隊を夢見る父


本作に登場する子どもたちのモデルは古内さん自身の両親だという。価値観が180度変わる時代に、彼らは何を感じ取っていたのか、それを物語にしたかったという。

 私の両親は、もう80歳になっていますが、本当に戦争に翻弄された子どもたちだったわけです。戦時中に軍国主義を強制される中、私の父が当時、予科練、つまりは神風特攻隊になりたい、白いマフラーや七つボタンを身に着けたい、そういうものに憧れていた、と聞いたんです。そんな彼が10歳くらいのときに「戦争に負けました」、何だがわからないけど「民主主義だ」ということになり、教科書を黒塗りにさせられて。本当に大人の事情です。
 だからその当時の子どもたちが何を感じたのかということが、気になってしまって。それで単純に私の親の世代を書きたい、という思いが湧いてきたのが執筆のきっかけです。それで父は東北、母は東京で地理的には離れているけれど、話を聞いてみると、二人とも「鐘の鳴る丘」が大好きで、戦後の数少ない共通の娯楽として機能していたんです。
 それでその時代を描くのであれば、それをモチーフに物語にしようと思ったのがきっかけです。

「失われゆくもの」を残す

フィルム映画や地方競馬、古内さんの小説は決して王道ではない、「失われゆくもの」への深い愛情に満ちている。そしてそれらを作品として「残す」ことが、物語の一つの役割だと古内さんは言う。

 今回このテーマで書いたのは、自身が親世代になったときの大人としての責任だと思います。だから自分たちの子ども世代に、自分の両親たちと同じような思いはさせちゃいけない。せっかく辛い思いをして、両親たちが今の平和と繁栄を作り出してくれたわけですから、そのバトンは私たちがちゃんと受け継いでいかなくてはならないと思います。
 物語は「残す」という意味でも必要なんだと思います。「時代が変わる」その転換期に、大切なものを残さなくてはいけない、という思いがあるのかもしれない。物語は「祈り」にも近いものがあり、そもそも失われゆくもの、弱いものに寄り添うためにあって、本作でもそれは共通していると思います。


▲ 取材時に収集した昭和22年当時の写真


本作はもともと児童書を想定して取材を進めていた。しかし重なる偶然と人との縁で、古内さんはより重厚な作品にしなければという思いに駆られたという。

 当初はここまでの長作になるとは思っていなかったんです。むしろ文量も少ない児童書を考えていたんですが、とあるご縁でNHKの方がいろいろ尽力してくれて、子ども時代にNHK児童劇団に所属していた方などをご紹介いただきました。そんなご縁もあって取材を重ねるうちに、もうこれは「児童書、無理だわ」って(笑)それで編集の方に「これ一般書で行きます」って言ったんです。
 「鐘の鳴る丘」のラジオドラマの翌年に当たる昭和23年に映画化されているんですが、その主要キャストとして演じていた子役だった方からもお話を聞くことができて、その方は「鐘の鳴る丘」の脚本家の菊田一夫先生(作中では菊井一夫の名で主要な人物として登場する)から直接、指導を受けていた方なんです。その方から菊田先生の人柄や子どもたちへの接し方などをお聞きすることができて、先生直筆の温かなお手紙なども見せてもらって。もちろん菊田先生の評伝なども読んでいますが、それでも直に先生とやり取りされた方のお話を聞く機会を得られたことは、もうこれは私は書かなくてはいけない、これは世の中に残さなくてはいけない、そう誰かに言われているように思いました。
 実際に菊田先生のご遺族から許諾を得るのは、少し時間がかかりました。そもそも「鐘の鳴る丘」というタイトルをそのまま引用しているわけですから、そこの許可を取ることが大前提となっていました。1年近くいろんな方にお話を聞き、取材を重ねましたが、これでご遺族から断られたら、元も子もありません。結局、許諾をいただくまでに2ヶ月くらいは要しましたね。


登場人物が自由に動く舞台装置


なぜ一つの作品を書き上げるために、それほどまでに取材に時間と労力をかけるのか。


 とにかく私は一つのシーンを書くために10の情報がないと書けないんです。だから編集者の方には申し訳ないですが、遅いですよ、書き上げるのが。例えば登場人物が何を見ているのか、何を食べているのか、そのうえで彼らが何を感じているのか、それらを咀嚼してイメージしないことには筆が進まないんです。
 舞台装置のようなもので、私の場合、それらの舞台を設定してあげて、登場人物に自由に動かせる、そういう書き方なんです。だからちゃんと設定してあげないと登場人物が「俺、今どこにいるんですか」「どう動けばいいかわかりません」となっちゃう。だから今回も舞台となる、昭和22年の練馬区や日比谷公園の昔の写真を取り寄せたり、図書館で調べたりしましたよ。
 あと登場人物の年齢にそった年表も作りますね。時系列で年ごとに登場人物がこのとき何歳だとか、当時の時勢とか歴史的な事件とか、そういった情報を盛り込む年表です。今回も作りましたよ。

 映画の配給会社で20年の勤務経験を持つ古内さん。舞台装置だけでなく、年表もまた映画でいう香盤表に当たるのかもしれない。映画と小説の相違点、共通点とは。

 映画は1シーンで説得力を持たせることができますが、小説はそうはいきません。一方で小説も極めて個人的なものだし、映画もまた映画館で鑑賞するうえでは、とても個人的なものです。真っ暗闇の中でCMも流れず、じっとスクリーンを見ている。だから作品と1対1で向き合うというところは似ているかもしれませんね。


古内さんの『マカン・マラン 二十三時の夜食 カフェ』は現在11刷に達している。ここまでのヒット作に育てたのは書店さんのおかげだと古内さんは言う。

 シリーズ4部作で第1弾の本書は4年前に刊行しました。それでもいまだに平積みで展開していただいている書店さんもあって、出版社さんも公式アカウントを作ってくれたんです。でもそれを作り出したのは書店さんで、本屋さんの力って本当にすごいなと思います。だから感謝の気持ちでいっぱいです。その気持ちはどうしても伝えたいですね。



▲ 音楽を聴きながら創作するという古内さん。
  クラシックからブライアン・イーノと幅広い。



四六判/336ページ
本体1600円


古内 一絵(ふるうち かずえ)



1966年東京都生まれ。日本大学藝術学部映画学科卒業。第五回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、2011年にデビュー。2017年『フラダン』(小峰書店)で第六回JBBY賞・文学作品の部門を受賞。その他の作品に「マカン・マラン」シリーズ、『銀色のマーメイド』(中央公論新社)、『風の向こうへ駆け抜けろ』『蒼のファンファーレ』『赤道 星降る夜』(小学館)、『アネモネの姉妹 リコリスの兄弟』(キノブックス)などがある。