「理想と現実」の間で揺れ動くのが人間だとすれば、出版業界もまたその間で揺れ動いている。それは結局「理想でメシが食えるか」というありきたりの問いに帰着するわけだが、「出版」なる行為の中で、称揚されやすい行為がそもそも「理想」に振れている以上、とりわけこの問いは忌避される傾向にある。
例えば、インターネットの一般化以降、知識の「ストック」はその意味を減じ、「フロー」の中での「ふるまい」が重要となってきている。少しく目を転じてみれば、資格試験というものの、いわゆる「難しい試験」とされている司法試験や公認会計士試験というのは、知識の「フロー」を問う試験である。すなわち、「ストック」である六法全書や監査基準を丸暗記するのではなく、「とある事象」に対して、「ストック」から適切な「法令」を引き出せるか、という「フロー」を問う試験である。よって非常に「難しい」。なぜなら慣れていないからであり、「フロー」とはよく見えないものだからである。
「本」というものは、それが紙の束である以上、「ストック」、すなわち時間的に「切断されたもの」である。ネットによって、それよりも「フロー」が求められるようになり、サブスクリプションやストリーミングといった「時間」が基軸にあるサービスへと移行しつつある。「電子書籍」なるものは、ウェブという「フロー」にありつつも、ある塊を持った「ストック」の体裁をとっており、いわば「過渡期のもの」ということができる。
「時間に流されないこと」が重要な局面はいくつもあるし、その場面が来た時には「書店」は新たな価値づけの下に再評価されることになるだろう。だが、今の場面においてはこの「局面がくるまでどうするか」が肝心であり、そのためには「フロー」をしっかりととらえることが大切である。それをより会計的場面で言えば、「損益計算書」や「貸借対照表」よりも「キャッシュ・フロー計算書」を重視するということと言えよう。
言い換えれば、「昨対主義」から目を転じて、「キャッシュ」が回っているかどうか、回し続けるのは何が必要か、その点に着目した経営を行わない限り、常に撤退戦を余儀なくされ、ホームラン狙いの仕入と、人件費に代表されるコストカット一辺倒の施策に頼ることになる。その施策の行きつく先に「明るい展望」はない。
- 湯浅の眼 -
「ストック」と「フロー」
#湯浅創
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湯浅創 氏 -TAC株式会社 出版事業部 営業部-
1974年東京都生まれ。
東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。
2007年TAC株式会社出版事業部入社後、編集部、製作部、電子書籍製作を経て、営業部に異動。裔圏調在により、個々の書店の棚作りを提案する、
足で稼ぐデータマニア。バスマニア。近年、書店現場担当者向け、書店経営者向け、出版社向けに講演を行っている。
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