- 湯浅の眼 -

「セカンドメディア」として

11月には、出版社では東邦出版、書店チェーンではリブレット(大和書店)と各プレイヤーにおいて残念なこととなった。危機感を覚えざるをえないのは、次第次第に負債規模が大きくなってきていることであろう。いわば、「中間層のふるい落とし」が生じているということである。その一方で、「新しい書店」や一人出版社も立ち上がってきているのは、「出版物」になんらかの愛着を持つ者としては喜ばしい限りである。

 しかし、出版流通(全国でほぼ近しい日に発売される、など)の観点から見たとき、多くの「書店」は既存システムとは異なる流通経路を選択している。また、古本やカフェを組み合わせることで、資金繰りを生み出そうとしている。

 オリンピックがますます加速させることになるだろうことは、情報の伝達通路の変化である。すなわち、「デジタルファースト」の完成である。いうなれば、紙媒体といったレガシーメディアは、「セカンド」になる。

 その「セカンド」となったとき、出版業界はどのようにして「稼ぐ」ことができるのか。このテーマをクリアしない限り、業界は単なる消耗戦として、残存者利益をめぐる争いへと埋没していく。それは呉服業などが辿った道でもあろう。換言すれば、出版物は「マスからファンへ」ということになるのだが、ここで問題となるのが、そのようにして少量となっていく出版物をこれまでと同等の条件で輸送することができるのか、という問題である。そこは当然に不可能であり、多くの運送業者が離脱することになるだろう。

 よって、考えなければならないのは、「宅配便ベース」での運送費を抱えた上での価格戦略、製作部数ということになる。
 一見、取次の取り分が増えるということと感じられるが、もし、「ファンベース」の出版物となっていけば、数量が減るために、取次は現在の機能を失っているだろう。よって、出版社と書店は「宅配便」を軸にした形での輸送コスト戦略が必要になる。

 そのためには、いわゆる「無駄のない取引」が必要となる。つまり、「注文分の出荷」と「返品の極小化」である。いわゆる「買い切り」ということであるが、それをするにしても「計画的な出荷戦略」がなければ宅配便に載せてもらうことは難しくなるだろう。

 要するに、出版産業が「産業」としての一般的なIT化とそれに基づいた精緻な出荷戦略を組み立てられない限り、小手先の術を繰り出したとしても、あまり意味のないことではないだろうか。