- ろうそくの灯に -

天国の本屋

 岩手県一関市にある北上書房を訪問中に伊藤清彦氏が急逝されたとの知らせが届いた。2月末にお会いする予定をしていただけに、信じられないというのが正直な気持ちだった。


 伊藤さんは、僕にとって人生の師だった。紆余曲折あった26年の書店人生の節目には、必ず伊藤さんがいた。どんなに頑張っても教えられた以上のことはできず、ずっと背中を追い続けてきた目標そのものだった。


 伊藤さんは岩手県盛岡市のさわや書店本店の店長時代、『天国の本屋』や『がんばらない』などを発掘し、POPを通じて多くの読者に届け売り上げを伸ばしたことで知られている。


 ただ、店長時代、「何を何冊販売した」、という数字で語られることが多かった。それは、彼の仕事の半分の要素でしかなく、数字だけが独り歩きしてゆくことに違和感を覚えていた。


 自身の読書体験を、誰かの読書に繋げていくことだけを頑なにし続け、本の売り買いだけではなく、本そのものの素晴らしさや豊かさ、そして怖さを発信し続けた人だった。


 書店を離れ、岩手県一関市の図書館事業に参画してからも変わることはなかった。岩手県大東町の図書館長を経て、立ち上げから携わってきた新一関市立図書館では副館長として地域の読書推進に尽力していた。書店員の経験を活かした蔵書の選定や棚づくりは、これまでの図書館が担ってきた役割を越えた、これからの図書館のあるべき姿を示してくれていた。


 いつも数字で表されることを嫌っていた彼に怒られるかもしれないが、開館翌年から人口規模では劣る一関市立図書館の貸出点数が県内トップであり続けたという実績は、彼の図書館づくりに対する評価を利用者が証明してくれたと言っていいだろう。


 最後のお別れに向かう前、一関市立図書館を訪れた。かなり長い時間をかけ書架に収められた蔵書を見て回った。書店時代とは違い、一冊を多くの読者に届ける手法ではなく、一冊の本の次の本へと繋げる仕組みが随所に施されていた蔵書は、細部までしっかりと手がかけられていた。


 かつては、書棚づくりの意味を言葉で伝えることが少なかった彼は、図書館に勤務するようになり、後輩にしっかりと時間をかけて伝えていたという。本屋とは違うアプローチの仕方で、本の周辺にいる人を増やそうとしていたのだろう。


 いつも大好きだった詩の一節をベースに、「落日とありふれた日が沈むことの天と地ほどの隔たりに深い思いを残すこと」を読書の意味と結び付けて話してくれた。決してぶれることなく、大地に根を生やし、ただただ本と読書の豊かさを伝え続けた人だった。


 昨年2月に岩手県紫波町立図書館のイベントで対談した際、「本は、売るのも貸すのも一緒だよ」と笑う伊藤さんの笑顔が忘れられない。